「おお、宮内。丁度いいところに」
部屋に入ってみると、会長はいつもと同じように両足を投げ出して一番奥のデスクに座っていた、。いや、そんなことはどうでもいい。さっきの安齋君の台詞をそのまま繰り返したかのような会長の言葉も、今は突っ込む余裕すらない。あたしは「彼」をこの部屋に見つけた瞬間、動きも思考回路も止まってしまったかのようだった。
会長が座っているデスクの前に立っていた金髪の少年。まじまじと見なくても伺える育ちのよさと整ったルックス、そして空色の瞳。間違いない、間違えるわけない。こんな派手な出で立ちの男子を忘れるはずもない。
「君は、昨日の――」
「昨日はどうも、ナナセ先輩」
驚いた様子もなく、彼は優しくふわりと微笑んだ。小首を傾げて左肩に流れ落ちた髪が太陽に透けて微かに光る。
ウチの学校の制服を着ているせいか、彼は昨日の私服姿よりは幾分青年らしく見えた。ブレザーは前をきちりと締め、ネクタイも曲がらずにぴんと伸びている。色素の薄い肌と髪の色から若干の違和感はあるけれど。
「宮内先輩、知り合いですか?」
「いや、知り合いというか……」
知り合いといえば知り合いだし、そうじゃないといえばそうじゃない。昨日少し言葉を交わしただけで、実のところ私のほうは名前すら知らないのだ。そう、的確なところを突くならば、多分「相手が一方的に知っている」ということになる。今さっきも、教えていないはずの名前をこれ見よがしに口にしていた。
「昨日既にお会いしたんですよ。ね、先輩?」
「ええ、まあ……」
……嘘は言ってない。けど、それだけでは説明し切れていない。深くを語ろうとしないということは、彼も話したくないということなのだろうか。
にしても、だ。何故この金髪君がこんなところにいるのだろう。来ている制服が真新しいところを見るとこの高校の新入生だということは分かるのだけれど、入学式早々にこんな所に来ようなんて思う新入生はまずいない。校舎内で迷ったとかならまだ納得できるけれど、どうやらそういうわけでもなさそうだ。
「で、だ。まあ顔見知りなら話は早いわな。宮内、そいつを新会計にするから」
……は?
さらりととんでもない発言をして、会長は満面の笑みを浮かべた。その向かいで金髪君も同じようににっこりと笑う。
「……会長、正気?」
「正気も正気。これからの生徒会にはフレッシュ爽やかな風が必要だろ? 次期生徒会のための人材育成にも最適だ!」
……いやいや、人材育成云々の前に今のメンバーが個性的すぎて大変だから。それに、今日この学校の生徒になったばかりの人に生徒会の一角を担わせるなんて正直どうかしている。
「ね? 先輩、何とか言ってくださいよ、この馬鹿会長に」
「尊敬すべき先輩に馬鹿とは何だ。俺はこの生徒会の行く末を心配してだな」
「心配してたらこんな人選はしません普通。明らかに校則違反の鏡じゃないですか、また生徒指導に文句言われますよ」
「校則は破るためにあるんだぞ、安齋」
「立場をわきまえて発言してください、なんちゃって会長。全身校則違反」
「なんだとー! 俺はちょっとカラコン入れてちょっとメッシュ入れてちょっと先生に逆らっちゃったりなんかしてるだけだ! 反抗期なだけだ!」
「何歳ですかあんた」
「あーもーストーップ! 話を元に戻して!」
二人の間に割って入って言い争いを止める。いつものパターンで考えると、このままどんどん脱線して、今さっきの話題まで戻ってこられなくなるのはわかっている。というか、あたしが何とか言う前に安齋君が全部言っちゃった気がするのは多分気のせいではない。
「けど会長、今日入ったばっかりの子を生徒会にするのはどうかと思うよ」
それでも、とりあえず自分の意見を伝えてみた。
確かに学校側からは「やってくれるなら誰でも大丈夫、特に選挙みたいなこともしないから」とは言われているけれど(藤村さんと安齋君が上手く話してくれたおかげだ)、さすがにこれは問題ありだ、ありすぎだ。こんな金髪少年を生徒会に入れてしまったら、それこそ生徒会全員の責任として先生に怒られかねない。今日の式の件もあるし、それだけは避けたい。
「え〜、……、じゃあ『お試し期間』ってことでどうよ?」
ひらめいた、と言わんばかりに会長が指を軽い音で鳴らす。……お試し期間?
「一ヶ月、仕事ぶりを見て生徒会で多数決、それなら文句ないだろ? やめさせたきゃ一ヵ月後の多数決で落とせばいい」
成程、要は採用試験みたいなものか。それならあたしも少しは納得できる。もしも仕事が出来るなら正直すごく助かるし。……金髪はどうにかしてもらわなきゃいけないけど。
「俺は別にそれでもいいですけど……」
「あたしもいいけど……」
同意を口にしつつも二の句を継ごうとするあたしと安齋君は、一瞬顔を見合わせると同じように金髪少年の方へ目を向けた。さっきから微笑みを崩さない金髪君は、あたしや安齋君と目が合うとやっぱりにこりと笑みを深める。
「いいですよ、別に。むしろ、そうしてもらった方が皆さんに生徒会として認めていただけそうですし」
「よし、んじゃ決定ー! 宮内! 一ヶ月、仁科をよろしく頼むな」
俺も出来る限りサポートするからさ、と会長は歯を見せて笑った。……毎度毎度、この笑顔には敵わないんだよなあ。正直不安だらけだけど、やってみるしかない。私は会長と安齋君にしっかりと頷いて見せた。
「じゃあ手始めに校舎内案内してこいよ、どうせ今日はもう仕事もないし」
「了解。行こうか……、ニシナ君」
「はい」
よかった、名前……ニシナ君で合ってるみたいだ。一応二人には知り合いってことになっているみたいだし、昨日のことが芋づる式に知られてしまうのはあまり言い気分がしない。黙っているのが得策だ。
……頑張らなきゃいけない。さっきそう決めたばかりじゃないか。こちらもにこりと笑みを返して、あたしとニシナ君は生徒会室を後にした。
* * *
「……」
「……」
「……あのさ、」
生徒会室から少し離れたところで、あたしはようやく口を開いた。教室のある棟と実験や実技で使う教室がある棟の間に渡された中央廊下を半分過ぎた辺りだ。両面のガラス張りの外には彼の瞳と同じ、真っ青な空が広がっている。開け放たれた窓を通り抜けていく春の風があたし達の髪を揺らした。
「何ですか?」
あたしは、後ろからついてきたニシナ君に振り返る。
「……ニシナ君、」
「梨央、でいいですよ。『仁科 梨央(ニシナ リオ)』、それが俺の名前です」
目を細めてまた柔らかく笑うニシナ君。昨日、最後に見せたあのしたり顔が嘘にすら思える、可愛らしい笑みだ。
「そう……。でね、ニシナ君」
「梨央、ですよ。七瀬先輩」
……これは遠回しに名前呼びを強制されているのだろうか。まあ、あたしは別にいいんだけど。苗字が嫌いだから、ってこともあるだろうし。
「……じゃあ、リオ君」
名前を呼んで、目の前のリオ君を真っ直ぐ見据える。
「この際何で生徒会室にいたのか、そもそも何で昨日学校にいたのか訊かない。金髪と蒼い目の理由も訊かない。だけど、これだけ答えて」
昨日別れた後、いや、別れる直前からずっと気になっていた。そしてもう一度あったら絶対訊かなきゃいけないと思っていた。幸い人の気配もないし、今訊けるなら訊いてしまいたい。
「何で、あたしの名前を知ってたの? あたし達、会ったことあるの?」
「……会ったことはありませんね、あの日が初対面です」
表情を曇らすことなく、リオ君はきちりと答えた。
「正確には『俺が一方的に貴方を知っている』ってことになりますね、この場合。少し調べさせてもらいました、貴方のこと」
「……どういうこと?」
「……まあ、あまり時間もないですしね。ここではっきり言っておきます」
一瞬難しい顔をしたと思ったら、リオ君はすぐにまたぱっと笑ってみせる。一瞬わけがわからなくて一人戸惑っていたら、また表情を変えてふっと距離を縮めてきた。いや、強制的に縮めたんだ。あたしの左腕を引っ張って、リオ君の口があたしの右耳に触れそうな距離まで。
「一回しか言いませんよ?」
「貴方が好きです」
……え?
今の、何?
「だから調べました、名前。好きな人のことを知りたいと思うのは人として当然のことでしょう?」
引き寄せられた体をとっさに引いて顔を見ると、リオ君はまだ笑っている。あたしの体を引き寄せた時と、そして昨日の別れ際と同じ、どこか黒いオーラを纏った含み笑い。
「それに生徒会へ入ろうと思ったのも、貴方が今日生徒会だとわかったから。一年と三年なんて、こうでもしないと接点なんて持てないですしね」
勿論仕事はきちんとこなしますから安心してくださいね、と付け加えるとリオ君の手が左腕から離れた。もう触れられていないはずの左腕は、それどころか囁かれた右耳も、馬鹿みたいに熱を持って引きそうにない。
「なん、で……」
さっきから「何で」しか言っていない気がする。けどそれくらい謎だらけだ、彼の言動が、存在が。
「そういうわけですから、よろしくお願いしますね」
多分、ふざけているのだと思う。いや、そう思いたい。あたしは何も答えずリオ君に背を向け歩き出した。耳も腕も、まだひりひり熱い。
「あ、念押ししておきますけど」
また腕を引かれる、今度は右腕。前へ行こうとして後ろに引かれれば、当たり前の如く身体のバランスは崩れるわけで。倒れ掛かるような形で、あたしの肩がリオ君の肩に触れた。そして、また耳元でひそり囁いた。
「俺、本気ですから」
その瞬間、横の窓から強い風があたし達の間を吹き抜けた。吹きぬけた、はずなのに……、あたしの熱は上がりっぱなしでじわじわと芯まで広がっていった。
この風が、全て奪い去ってくれればいいのに。今の出来事も、昨日の出来事も、一年前の「あの日」も、全部。そんなの無理だってわかってはいるけれど。
それでも、少なくとも今、リオ君の言葉はあたしにとっては「風」で、いや、それよりももっと威力を持った……「春疾風」で。
昨日の悲しみや苦しみを忘れさせるには十分な威力を持っていた。
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